『公共の利益•風習』と『個人の権利•主張』に揺れる社会。

最近、何かというと権利主張を振りかざして公共施設や、保育園等の建設に反対する人が増えて、住民説明会の開催を余儀なくなれる上に、感情的になってなかなか物事が進まない、という話しをよく耳にする。

もちろん、人それぞれに考えがある事なので一概に反対する事が悪いとは言わない。が、反対する人達に聞くと「建設そのものには反対じゃない。しかし、ここでなくても良いじゃないか。どこか他でやって欲しい」という、声も耳にする。

実際、その施設なり設備が無ければ自分も困るが、かといって何もよりによって自分の近くでなくてもいいだろう……、という考え。

『自由に主張出来る社会』『個人主義』何かのスローガンみたいに聞こえるが、最近は何かにつけて『物言う人達』が増えている。別にどちらが良い悪いじゃなく、最近耳にした揉め事、考えの相違をアトランダムにただ書いてみた。どう思うかは皆さんのご自由に……。

 

● 保育園騒音騒動

これは、私の住んでいる自治体での実話。50代の夫婦が両親が亡くなって3年前に実家に帰ってきて住み始めた。夫は子供の頃に住んでいた家だが、10年ほど前に道路を挟んだ向かい側に保育園が出来て一日中子供の声が途切れる事がなく、その騒音に悩まされている。

たまらず、保育園に音が漏れないように対策してくれ、と掛け合った。「恐れ入ります。私共もご覧のように防音壁等を設けてご近所さまのご迷惑にならないように、十分に対策を考えて開園当時ご近所さまのご承諾を頂きまして運営させて頂いています」と、保育園は両親も承諾していたと説明した。

しかし、もともと子供の無い夫婦の上に、家が仕事場になっていて一日中騒音が絶えない環境に我慢出来ず、市役所に掛け合ってもらちがあかない夫婦はとうとう訴訟を起こしてしまった。

● ゴミ処理施設反対運動

これは、全国各地でみられる事かもしれないが、私の住んでいる県内で実際に今起きている。県と市が協議して近代的で巨大なゴミ処理施設建設地をA市に決定。

もともと県庁所在地のB市と伝統的に張り合って、「追い付き追い越せ、B市にだけは負けるな」という意識が高いA市民はここぞとばかりに、日頃の鬱憤を晴らすように大反対。

「ふざけるな!県の主な施設や重宝な物は自分達の所に作るくせに、こんな嫌な物だけは押し付ける。駄目だっ、絶対反対!」と、もう感情論で騒いで5年以上過ぎた今もまだ進まない。

● 運動会花火問題

これは今日のヤフーニュースに取り上げられていた宮城県の地方紙【河北新報】の記事。

「どうして宮城県では運動会の日の朝に花火を鳴らすの?」という訴えが、聴覚に障害がある読者から寄せられた河北新報社が取材。

「予告なしに鳴るのでびっくりして怖くなる。ない方がいい」と、『自閉スペクトラム症』で聴覚が過敏な女性は不安を訴える。

「うるさくて眠れない」と、夜勤明けの住民からの苦情が来ることも多いという。

私等は年に1回の運動会がある事を知らせてくれる歳時記みたいに楽しみにしているが、病気や障害のある方はともかく、一般の人からも苦情を寄せられる事に驚いた。が、こういう病気等のケースもあるので、ただ賛成反対だけでは片付けられない微妙さも介在する。

● 除夜の鐘騒音問題

最初聞いた時には驚いたが、これも最近よく耳にする問題。私自身の考えとしては「年に1回の年末年始の風物詩。こんな目出度い事にも本当に反対する人がいるのか」と、半信半疑だったが全国各地で問題になっているようで、お寺でも近隣の住民に気兼ねして鐘を鳴らす時間を昼にしたり、叩く回数を少なくしたりしているという。

除夜の鐘が昼に鳴ったり、108回が半分以下になったりしては煩悩を祓う事も出来ないのでは……、と考えるが時代の流れ、価値観の変化というものなのだろうか……。

とりとめもなく書いてきたが、昔は強大なお上の力に逆らえず泣く泣く従ってきた事でも、『個の時代』とも言われる現代は自由に主張出来るので、種々様々な意見が声高々と言えるのであろう。

それはそれで素晴らしい世の中になったのだろうが、皆が皆主張ばかりを繰り返して相手の声に耳を貸さないのでは、円満な解決がなくなってギスギスした世の中になってしまうのでは……と、心配になる。

 

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