冤罪……、それは司法による殺人に等しい。諸悪の根源は警察と検察に有り!

● 冤罪を生む土壌

5月13、14日ある地方紙に掲載されると同時にネットにも書かれていた、日本海新聞論説委員・記者相沢冬樹氏の東住吉事件【冤罪獄中20年】ある女性の世にも数奇な物語、上・下を読んで、30代からの女性として最も充実した年代を獄中で過ごさざるを得なかった青木恵子さんの逮捕から有罪、獄中、再審決定、無罪判決を勝ち取るまでの波瀾万丈の半生と、刑務所から出てからの4年間の生き様に胸を打たれた。

無実の人が警察や検察の捜査で濡れ衣を着せられ罪を負わされる【冤罪】。ニュースやワイドショー等で取り上げられる事件で、時々『被疑者は否認しています』と報じられるが、私達はほとんどの場合『どうせ犯人の言い訳に過ぎないんだろう』と、一笑に付していないか。

確かに、見苦しい言い訳の場合もあるのだろうが、日本の場合警察に逮捕された時点で有罪のレッテルを貼られて、その後の報道や世間的にももう犯人扱いによるなっている。その証左がニュースや報道番組で一般人を取り上げる際に使う『男性』『女性』という呼び方が、逮捕されるや否や『男』『女』と差別化されてしまう。

こういう風潮が冤罪を生む土壌になっているのではないだろうか。日本の場合、逮捕されて起訴された被告人が有罪になる確率が99.9%と言われている。異常に高い数字である。日本の警察が優秀だからという声も聞こえてくるが、本当だろうか。検察が確実に勝てる事件以外は不起訴にするからという声もある。いずれにせよ、起訴されて公判になったら有罪確定という流れになってしまう。

● 一向に減らない冤罪

相沢氏の記事に触発されて日本の冤罪事件を調べてみる気になった。何となく、冤罪というと戦前戦中の拷問が行われていた時代の自白強要によるイメージがあるが、昭和の後半や平成の世になっても次々に現れ、2000年代になって増える傾向にあるのには驚いた。

もちろん、その背景には古い時代の自白強要により有罪判決を受けて、冤罪を晴らすにも再審という厚い壁に泣く泣く無実の罪を受け入れるしか無かった、無数の人々が数に含まれていないという事情もあるのだろうが……。

1948年、死刑囚確定から32年後に死刑囚としては初めての再審無罪判決を受けた免田事件を始め、1950年代には財田川事件、島田事件、松山事件といずれも20年から30年以上経ての死刑判決から逆転の再審無罪。

1970年から80年代にかけては強盗殺人罪で一審•二審で死刑判決を受けながら、最高裁が二審に差し戻して18年に及ぶ裁判で無実を勝ち取った山中事件の他、ひき逃げ事件、覚せい剤密輸事件、女児殺人事件、強制わいせつ事件等、多岐に及ぶ事件での再審無罪判決や一審•二審での逆転無罪判決が続く。

2000年代になると、さすがに長期に渡る死刑判決確定からの逆転無罪判決は減少するが、殺人事件の他に放火事件、詐欺事件、虐待死事件、女性暴行事件や強制わいせつ事件と多種多様な冤罪事件が続いている。

● 何故、無くならない冤罪事件

冤罪事件を生む要因は警察及び検察の人権尊重の欠如であろう。警察は犯人逮捕に至るまでにそれなりの捜査を行い、容疑者を特定して逮捕するが、一旦逮捕したからにはメンツにかかわるというくだらない理由から、自白を強要したり、調書を都合の良いように書き換えたりしてまで起訴に持ち込む。

それを受けた検察は一応彼等なりに洗い直すのだろうが、警察の調べを前提としての安易な判断に傾く傾向がほとんどなのではないだろうか。

更に、裁判所は白紙の状態で事件に向き合わなければならないのが前提だが、有罪率99.9%等という数字ではそれも真に受ける訳にはいかないのではないだろうか。特に、最近は裁判員制度によって一般人が参加しているが、その存在が冤罪に及ぼす影響の有無は定かでない。

現代は些細な事でも警察に相談したり、訴訟沙汰に持ち込む機会が増えている。しかし、被害者や告訴人が必ずしも真実を語っているとは限らない。

刑事訴訟においては、『疑わしきは被告人の利益に』が大原則であり、『何人(なんぴと)も有罪が立証されるまでは無罪の推定を受ける権利を有する』いわゆる推定無罪。冤罪を無くするにはこのような基本原則を警察、検察、裁判所が遵守するのが最低限のルールである。そして、三者とも『一人の罪無き者を罰するより10人の罪人が免れた方が良い』という格言を重く受け止めない限り冤罪事件は無くならない。

 

 

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